中本で完璧すぎる夜。
あなたが人生で一番食べたラーメンは?
そう聞かれたら、迷わず『蒙古タンメン中本』と答える。
やるべきことを終えた後の中本は、格別だ。
今日の俺も、ひとつ用事を片づけて中本に来ている。
店員は俺の顔を覚えている。
当たり前だ。人生で一番来ているラーメン屋なんだから。
「いつものでいい?」
食券制なのに聞いてくる。
無駄だけど、悪くない。少し気分がいい。
券売機の前で、一瞬止まる。
北極に指がかかって、
そのまま離す。
蒙古タンメンを押す。
「蒙古タンメンで」
10周回って、蒙古タンメンだ。
昔は北極しか食べなかった。
だが今は違う。
汗の引き方も、帰りの電車も、
次の日の腹のことも、もう知っている。
大盛りも頼まない。
大人になった自分に、少しだけ満足する。
これが、大人になるということだ。
着丼。
——
初めて中本に来たのは、高校1年のときだった。
先輩に連れられて来た。
「競馬で負けてムシャクシャしてる。ついてこい」
理由として成立していないのに、
なぜか命令としては成立していた。
そう言われて、無理やり電車に乗せられた。
池袋で降りる。
真っ赤な看板の前に、30人くらい並んでいる。
当時はまだ店舗も少なくて、
わざわざ池袋西口まで来た。
列に並ぶ。
「覚悟しろよ。これは食事じゃない。挑戦だ」
先輩は真顔で看板を睨んでいる。
「俺は前回の自分を超える。お前は無事に帰ってこい」
何を言ってるか分からない。
でも、そのテンションに引っ張られる。
変なスイッチが入る。
「一人で行かせません。一緒に行きます。」
意味不明な返事をしていた。
「よく言った!!!お前が次の大統領だ!!!」
会話はずっと意味不明だった。
店に入る。
壁にはリーゼントの強面の男の写真。
全員が赤いタオルを巻いて、やたら声がでかい。
先輩は店内を見回して、
小さくうなずいた。
「全員シャアだと思え!!!」
外で並んでる時と同じボリュームで叫んでいる。
周りの客が一瞬だけ、麺をすするのをやめた。
他人のふりをした。
うちのアムロは、やっぱりニュータイプらしい。
そして、出てきた。
北極。
真っ赤だった。
先輩がいつも耳に挟んでいる赤いペンより赤かった。
これは無理だと、すぐに分かった。
食べ物というより、警告に見えた。
3口でギブアップ。
横を見る。
先輩は水を飲みすぎて、
辛さではなく水で苦しみ始めていた。
「くそっ!!!くそぉぉぉぉぉ!!!!!」
ラーメン屋で雄叫びを上げてる人を、初めて見た。
こちらの丼にも、先輩の丼にも、
まだ赤い地獄が半分以上残っていた。
北極は、
まだ始まったばかりの顔をしていた。
挑戦は、
そこで終わった。
帰り道、先輩は意外と優しかった。
「よく挑戦した。立派だった」
何を言ってるかは相変わらず分からないが、
頭を撫でられた。
ふざけてばかりいる人なのに、
負けた人間の扱いだけは、妙にうまかった。
それが、少し嬉しかった。
あの時から、中本は
「挑戦する場所」になったはずだった。
——
レンゲを持つ。
20年前と違って、もう北極も食べられる。
目の前にあるのは、あの時とは違うラーメンだ。
あの頃は北極で、
今は、もっと穏やかなやつだ。
辛さも、ちょうどいい。
最後まで食べられるし、帰りも問題ない。
何も失わない。
完璧だ。
——完璧すぎる。
一口飲む。
うまい。
本当に、うまい。
ちゃんと選べてる。
判断もできてる。
無理もしてない。
間違ってはいない。
……はずなのに、ちょっとだけ引っかかる。
あの時みたいに、「やばいなこれ」って感じがない。
逃げ場のなさも、覚悟もない。
ただ、うまい。
それが、少し困る。
レンゲをもう一回入れる。
止まらない。
全部混ざったスープが、するっと入ってくる。
一口でやめるつもりだったのに、もう一口いく。
……いけてしまう。
うまいのに、
少しだけ寂しくなる。
そういう選び方を、いつから覚えたんだろう。
先輩は、たぶん今でも同じことしてる。
あの人は、勝ち方より負け方を変えない人だった。
競馬に負けて、むしゃくしゃして、
わざわざ辛いラーメンで自分を追い込んでる。
意味なんてないのに。
でも、きっと先輩は今でもやってる。
自分は、やってない。
どっちが正しいのかはわからない。
ただ一つ言えるのは、
今の俺は、北極はもうしばらく頼んでいない。
……これで良いのだろうか?
北極は、押さない。
押せるのに。




蒙古タンメン中本、最高においしいですよね
大好きです
龍さん、この系統も好きですわ🤦♂️
無茶をしなくなっていく、ちょうど個人的なことと重なって、グサッと。
あと、感想じゃないんですけど、これを毎日は贅沢すぎますよ笑